「ユーリィーッ!!!」
自分自身の叫び声と共に、目が覚める。
久しぶりに、彼の夢を見た。
なぜ、こんな夢を久しぶりに見たのか、その理由はわかってる。
今回の依頼は、ある荷物を運ぶこと。
その中身は薬草。
あのとき、これがあれば、彼を救うことができたけれど。彼を救うことはできなかった。
あれから五年。
いつの間にか、この夢を見ても、泣かずにいられるようになった。
一つ伸びをして、寝台から出る。
鎧戸を開けたら、きれいな青空が広がっていた。
この分なら、今日は目的地まで行けるだろう。
あなたの笑顔、あなたの最後の、その顔。
まだ覚えてる。忘れない。
だけど。
私は、ちゃんと前を向いて生きているよ。
His last...
彼は安らかには逝けなかった。
室内には、医師とこの宿の主である男とその夫人、そして長い髪を束ねた若い女がいた。
それ以外の人間は、邪魔になるからと室内に入ることを禁じられていたが、彼の容態を案ずる同業者や、近隣の人間が集まり戸口からのぞき込むようにして室内の様子をうかがっていた。
彼が自室として使っていた二階の角部屋から、廊下、階段、階下まで彼を案ずる人の列が続いていた。
「ユーリ! ユーリ! ねえ!」
「シーリィ、ちょっと下がって」
ベッドに横たわる男に、縋り付かんばかりにして。
名前を呼び続ける少女を、傍らの医師が引き離した。
一歩下がって見守っていた婦人が、女の肩を押さえて彼女が前に出ようとするのを引き留める。
「ユーリ、さあ、これを飲んで」
医師が、どろりとした液の入った器を横たわるユーリに差し出す。震えて器を握ることさえできないユーリを医師の反対側から、宿の主人が支え、上体を起こさせる。
特徴のある、薬草の香りが部屋の中に漂う。
何とか薬液を飲みこみ、ユーリの体の震えが止む。多少落ち着いた呼吸に、婦人は安堵のため息をついた。けれど、薬液の効果が彼を救うものでは無いことは、誰もが知っていた。
彼は、もう助からない。
彼の人生が苦難に満ちていたものだと、周囲の人間は皆知っていた。
彼の肉体、そして精神の強靱さは、それ故のものだと。
そして願っていた。
彼が、心安らげる場所を得られることを。
ユーリ。姓は何というのか、彼自身も知らないと言っていた。
天涯孤独だという彼が傭兵として流れつき、カナルの街を気に入り、居着くようになって十年余り。
彼が最初にこの街にやってきたときに宿をとったこの銀竜亭は、結局その後彼の定宿になった。
ただ強靱な傭兵だというだけでなく、長旅によってだけでなく、明らかに自ら進んで書物を紐解いたことによって得たのだろう豊富な知識を持つ男であった。
彼はこの街で。
ある少女と出会った。
シーリィ・ツェイ。長い黒髪と紅の瞳を持つ少女と。
この国の人は、たいてい茶か黒の瞳を持って生まれる。
遺伝に関係なく青や紫、赤の瞳を持って生まれるものがいるが、人と異なる瞳を持つものは、たいてい魔道なに優れた力を持っている。
山村などではごく稀と言っていい存在であるが、大陸最大の港を抱えるこのカナルの街であれば、そう珍しい存在でもない。
大神殿の大神官ともなれば、半数以上が稀色の瞳を持っていたし、魔術師ギルドの主だった導師にも稀色の瞳を持つものが多い。遺跡や未開の地を旅する冒険者と言われる人たちの中にも、優れた魔道力を持つ稀色の瞳の人間がかなりいる。
シーリィは、稀色の瞳を持つほかにもう一つ、稀色の瞳よりも稀有なものをもって生まれた存在だった。
彼女の二親はそれ故に彼女を手放したのだとか。養い親も彼女のことを不気味がったのだとか。絶えず周囲にささやかれていたシーリィが、ユーリに初めて出会ったのは彼女が十四の時。ユーリがカナルの街にやってきてから二年ほどが経っていた頃。
まだ子供と言ってもいい年のシーリィと、当時もう三十に近かった――正確な年齢は本人も知らなかったが――ユーリだが、彼らは互いに互いを必要とする一対になった。
シーリィは絶えずユーリとともにいることはできなかったが、時の許す限りユーリと共に過ごした。十五になってからは、当時すでに傭兵をやめていたユーリと共に個人の依頼に応えていた。
今回ユーリとシーリィは、東方大陸からの船に積まれていた特殊な薬草を届けるために、西方への旅に出ていた。稀少であり、同時に非常に高価なその薬草は、摘み取られて時が経てば経つほど、その色を失い、同時にその効果を失うものであった。薬草が鮮やかな色を保っているうちに依頼者の元へ届けられるよう、旅程を確実に平均以上の速さでもって進むことのできる彼ら二人に、その荷は託された。かなりの長旅であり、彼らが戻るまでには数ヶ月がかかるであろう依頼であった。
長い旅路の果て、無事に依頼を果たしたその帰路。
明日の午前にはカナルの街に戻れるだろう距離まで、二人は戻ってきていた。
カナルの街の西方には大きな峠があり、そこはちょっとした難所であることから、二人は無理に急ぐことをせず、峠の手前で野営することにした。
実は、彼らが西方へ旅立った後、この地方には大きな嵐があった。
それによって街道の南の峡谷で、地形を変化させるほどの土砂崩れがあったのだ。
結果、かなりの生物が北方へ、街道よりへ移動していたことを、二人は知らない。
旅慣れた二人である。
無事、今回の依頼も果たした。薬草は十分に効力のあるうちに依頼者の元へ届けられた。
依頼を果たした充足感があったからなのか。
それとも二人のベースであるカナルの街まであと少しであるからなのか。
この街道は、整備され、周囲に賊なども出ないと、彼らは熟知していたからであるかもしれない。
しかし普段の彼らならば。
その気配に気がついたはずだった。
偶然の積み重ねだというべきだろう。
不幸な出来事だったと、周囲の誰もが言った。
二人が野営のために荷を解き、火を起こしたそのそばに。
翼竜がいた。
産卵期に入っていて、本来ならば街道よりも遙か南に移動しているはずであった。
嵐と、その後の土砂崩れによって、南への移動ができなくなったのだ。
知らないうちに起こった自然現象、そして翼竜が産卵期にあったということ。
それが二人にとっての不幸だった。
付近で起こった炎と、煮炊きの臭いによって、刺激された翼竜が街道へ、吸い寄せられるようにしてやってきた。
彼らの腕ならば、常の実力ならば。
楽に撃退できただろうが。
産卵期に入った翼竜がこのあたりにいるはずのないという驚きが。
彼らの動きを鈍くさせ。
そして、爪に毒を持つ翼竜は、その鋭い爪を一閃させた。
彼が守ったものは、一人の女。
シーリィが、優れた術士であったから。
翼竜は彼女の魔道によって、一撃でその命を落とした。
ユーリが彼女をかばわなければ、命を落としていたのはシーリィの方だった。
そしてかろうじて、転移の魔道によって移動できる距離であったから。
ユーリは彼女の魔道によって、カナルの街まで運ばれた。
街一の腕を持つ医師が呼ばれたが、彼の腕でも助からないことはわかっていた。
産卵期の翼竜が持つ猛毒の爪によって負った傷を回復させる薬草――それこそが彼ら二人が依頼によって運んだ品だった。
東方大陸にしか存在しない薬草にしか、この傷は治せない。
知らせを聞いて集まった人々にも。そしてシーリィ自身にも、それはわかっていた。
彼が彼女を守ったその理由は、ただ、彼だけが知っている。
「……っ、シー、リィッ……」
薬湯によって、かろうじて話のできる程度に安定したユーリが、シーリィを呼んだ。
「ここにいるよっ!」
そばに駆け寄ったシーリィに向かって、ユーリは手を伸ばした。あるいは、もうその瞳は何も映してはいないのかもしれない。うつろな動きだった。
ありふれた、茶の瞳だったが、その瞳は優しさをたたえたものだと、皆が知っていた。
そしてその優しさを一番に受けたシーリィは。
しっかりとユーリの手を握りしめた。
熟練の戦士の手。力強さを感じさせる手。けれど今はもう、猛毒によって熱を奪われた手。
「おまえは……っ、生き……ろ……」
髪を撫でようとした、その手は届かず。
力無く、寝台の上に落ちた。
「いやーーーーーーーーっっ!!」
シーリィの絶叫が、部屋に響く。
それも、もうユーリには届かなかった。
ユーリは先に逝った。
シーリィに、おおくのものを残して。
だから、彼女は逝けない。追いかけない。
残されたものを抱いて、今日も生きている。
飄々亭のごんたさん、ムゲン博物館のカゲツさんとの共同企画第2回の作品として誕生しました。
参加者がから1つずつキーワードを出し、それを盛り込んだ作品を作るというもので、
1)緑(イメージでもなんでもいい) (出題者:ごんたさん)
2)空想上の生き物をだす (出題:私、神楽都)
3)1,2のキーワード「緑」「空想上の生き物」という[言葉]は使用できない (出題者:カゲツさん)
以上3つの課題がありました。
出題の時点での私の野望(?)「久しぶりにきちんと正当派ファンタジーをやろう!」でしたが、なんとか、それは守れた……かな?(^^;
あとは、人の死を、とくに大切な人の死を乗り越えるということを一度書いてみたかったんですがー。初期プランはあまりにも長くなりすぎるため、挫折した次第です(涙)
企画作品であると同時に、この作品は私の中にずっと存在していた[彼女]が正式(?)に皆様の元へデビューした作品でもあります。
ずっと[彼女]のストーリーを書きたいと思い続けています。
作品キーワードは「幸せの卵」
これもまた、私が信じているもののひとつです。
物語舞台はエトルリーナ伝の出だしに使ったカナルの街。
ここにはシーリィのほかに「彼女たち」が暮らしています。