「ありがとうございましたー」
「おやすみなさい、良いお年を」
「また来年もよろしくね〜」
最後まで残っていたお客さんを一斉に送り出して“CLOSED”の札をかけた。クリスマスシーズンは、毎年恒例で何組かのパーティの予約が入るので、特別に夜10時頃まで店を開けてる。
「紅音はもういいよ、あとは僕と結人でやるから。明日はまた朝早いからね」
お兄ちゃんにそう言われて。
「じゃあ、先にあがるね」
エプロンをはずして、二階に上がった。
今日は一日中、店の方にいたから、二階は人気がなくて寒い。リビングに暖房を入れてから自分の部屋へ。
明かりはつけないまま、まっすぐ壁際のデスクの前まで。引き出しをあけて、一番手前。
ずっと、入れっぱなしになっている、小さな箱を取り出した。
箱をもったまま、ストールを肩に羽織ってベランダへ出た。
「……さむ」
さすがに、もうずいぶん冷え込んでいる。店の中は暖房がきいていたから、よけいに寒く感じるのかもしれない。
冷え切った空気の向こう、今日は星がよく見える。今年も、この街は雪のないクリスマスイブ。
このベランダからは、海も見えて。あたしはここから見る景色が大好きだった。
海の向こうまで、見えるから。
そっと、部屋から持ち出した箱を開ける。
シルバーのリング。
中央に小さなアクアマリン。シンプルなデザインのリング。
2年前まで、あたしの指に毎日はまっていた。
これを贈ってくれたひとは、海の向こうに渡ったまま、亡くなってしまって。そしてあたしはこのリングをはずして、そのまま箱に入れてしまいこんだ。
年に2回だけ、引き出しから出す。
そのうちの1回は今日、クリスマスイブ。
リングにはまったアクアマリン、そんなに大きなものではないけど、とってもきれいな輝きをしている。他にもアクアマリンのアクセサリーを持ってるけど、その、どれよりもきれい。
「やっぱり、きれいだなぁ」
石の輝きは変わらないままなのに。
これを贈ってくれたひとが、もういないということ、ようやく最近は信じられるようになった。
リングを箱からとりだしてみる。だけど、指にははめない。
はめられない。
「紅音、こんな所にいつまでもいると、風邪を引くよ」
「お兄ちゃん……」
カラカラと音をさせて窓を開けて。お兄ちゃんがベランダに出てくる。エプロンをしたまま、手には2つのカップ。
「ほら、お茶」
湯気の立つカップを差し出してくれる。ほのかに、甘い香りのする、あたしの好きなお茶だ。
「ありがとう」
カップを受け取るには、リングを箱に戻さなくちゃいけなくて。
「……貴哉にもらった指輪?」
当然、お兄ちゃんにはそれを見とがめられた。
「うん。クリスマスに」
「もう、しない?」
「……うん。
もう、できないよ。貴哉くん、いなくなっちゃったから」
笑顔で海の向こうへ渡ったまま、帰らないひと。
だからもう、この指輪ははめられない。
「そうだな。……紅音も、いつまでもひとりってわけにはいかない?」
「お兄ちゃん!」
笑いを含んだ声、気遣う声、ずっと、私を見守ってくれる人の声。
「そうだ。イギリスから、カードが届いてたんだ。ほんとはこれを渡そうと思って、声をかけたんだ」
エプロンのポケットから取り出された封筒。イギリスからのそれは、今も向こうにいる貴哉くんの家族からのものだ。
「Wishing you a beautiful day and happiness always.
夏には、帰国します。
そのときには、笑顔の紅音さんに会えますように…」
かわいいクリスマスカードと、一家の写真。
お葬式のあとも、泣き通しだった私を、気遣ってくれた優しい人たち。
「夏には、パーティだね」
妹さんの字、ころんとしたかわいい文字を追って、自然と笑顔になった。
「そうだね。紅音の腕が上がったところを見せてあげないと」
「お兄ちゃんもね」
それから、ちょっと冷めた紅茶をふたりで飲んで。ゆっくり空を見上げた。
I wish you a Merry Christmas.
瞬く星の向こうまで、祈りが届きますように。
そして新しい年が、より幸せに満ちたものになるように……
2003年クリスマス期間限定として公開しました、“Orange Heart”の紅音ちゃん過去話でした。
時間軸としては、一応本編が、この次の春くらいから始まる……くらいのタイミングです。
ちなみに、紅音ちゃんがクリスマスカードをもらってるのは、私もこの年思いがけぬ所から、素敵なクリスマスカードをもらったからです(笑)
純粋にうれしかったのよね。「えー? だ、だってクリスマスカード送る!?」っていう驚きはあったんだけど☆
もうすこし本編が進んでからの再公開……という予定だったのですが。2004は本編進まなかったなぁ;;;