ねぇ、いったいどうしてでしょう。
こんなにも、まっすぐに、
アナタに吸い寄せられるように。
目を奪われてしまうのは。
いまでも、こんなに。こんなにも。
やっぱり、
好き
なのです――。
「もっどりましたー」
立ち上げ中のプロジェクトは、追い込みに入っていて。
最近じゃ、連日全員で残業して。夜七時過ぎの買い出しも、すっかり恒例と化していた。
職場の近くに夜十時過ぎまで開いてる大型スーパーがあるってのは、こういう時便利。
今日の買い出し部隊は、プロジェクトメンバーの中じゃあ一番年下の加賀谷。
私も、頼んでおいたものを受け取る為に席を立った。
「えーっと、大野さんのサンドイッチと紅茶、ポカリは結城さんでしたよね?」
休憩スペースのテーブルにどんどん広げられる食べ物と飲み物。
「原田主任ー。買ってきましたよ、例の雑誌!」
その言葉とともに袋から出てきた、タウン情報誌に、目がとまって、一瞬、どきっとした。
「おー。悪かったな、本屋までまわらせて。ほれ、釣りはいらねーぞ」
「やった、ラッキー」
――ああ、そっか。主任にもメールしてたんだ。
雑誌が出てきた理由がわかって、納得。
「主任、雑誌って例のあれですか、香坂君がメールしてきた?」
大野さんが、紅茶のパックにささったストローをくわえたまま原田主任に聞いてる。
「あ、大野ちゃんとこにもきた? そうそう、それ。香坂のバカがメールしてきたんだよ」
「バカって、言い過ぎですよー。優秀な部下を手放すのは惜しかったくせに」
「香坂さんって、あれですか? 大阪支社に異動になったっていう。このプロジェクトのメンバーだったんですよね?」
「あ、そっかー。康君は香坂君と入れ違いだっけ。そうよ、その香坂君。優秀なプログラマーなのに異動になっちゃったのよーう」
「あいつは自分で異動願出しやがったんだよ。ったく。しようがねえけどな」
「え、なんでですか?」
「ついこの間、大阪の彼女と結婚したのよ。なんかねぇ、あんまり体が丈夫なヒトじゃないらしいのよねー。だから、彼女をこっちに呼ぶんじゃなくて、自分が向こうに戻るって言って、今年の春に異動願い」
――ああもう。なんでこうなっちゃうかなぁ。
聞きたくない名前。聞きたくない話。
なのに、どこかで、まだ好きだと思っている自分がいるのは、わかってる。
わいわいと、会話を続けているみんなの輪を崩さないように、でもって巻き込まれないように、さりげなさを装って。テーブルに近づく。
「加賀谷、ありがとう。これ、もらうね」
私が頼んでおいたポカリとゼリーを取る。
「あ、はーい。えーっと……すいません、まとめて会計しちゃったんですよ。いくらか確認するんで」
「あ、いいよ。これで足りるよね? お釣りはいらないから」
レシートを引っ張り出そうとした加賀谷を止める。とにかくさくっとこの場を離れて席に戻りたかった。
「主任、早く見てみましょうよ」
大野さんと主任は、雑誌を手にまだ話を続けてる。
加賀谷の手に五百円玉を押しつけるように渡そうとしたのに、大野さんの声で加賀谷の意識がまた雑誌にいっちゃったみたい。
「それで、結局その雑誌は何なんですか?」
「ああ、だから、香坂がメールしてきやがったんだよ。今週号に写真入りで載ってるから見ろってな」
「載るって……」
主任の言ってる意味がわからないと、加賀谷が怪訝そうな表情をした。
「ああ、だから、この雑誌って街頭インタビューの特集組むときがあるだろ? それに彼女――ってか、もう嫁か、とにかく写真入りで載るーってメールが来たんだよ、な?」
「そうそう。もー、シアワセそうねごちそうさまって感じですよね」
そう話しながら、大野さんは雑誌を開いて、特集ページを探してる。
加賀谷の意識も、雑誌からは離れそうにない。
「加賀谷、これ」
さっさとお金を渡してその場から離れたかったのに。
「そういやあ、結城のとこにもメール来てるんじゃねぇの?」
原田主任の一言で、一瞬顔が固まったと思う。
「来てましたけど……」
「なんだ、なんだ、同期だってのに冷たい反応だな」
おら、おまえも探せ、と宣った主任に腕をつかまれ、ずるずるとソファーの方へ引っ張られる。
ここで、下手に逃げても勘ぐられるだけか。
観念して、つきあうことにした。
――大丈夫、大丈夫。何でもないフリなんて、いつもしてたじゃない。
「大阪の彼女と結婚する」と香坂が言い出したときも。同期一同からの結婚祝いを、なぜか買いに行く羽目になったときも。
同じプロジェクトのメンバーだったから、という理由で。同期代表になってしまっても。
何でもないフリを、し続けた。
言えるわけもなかった。言っても、どうにもならないって、わかってた。
「うわー、結構あるわねぇ」
大野さんが発した声で我に返る。
どうやら、関西のデートスポットがメインの、かなり大きい特集みたい。アンケートと読者投稿にくわえて街頭インタビューの結果も出てるみたいだ。
「あいつ、この中から探せってのか。何ページに載ってるとかあるだろうよ」
主任も、まさかこんなにページ数があるとは思ってなかったようで、げんなりという声をだした。
だけど、せっかく買ってきたんだし、とみんなで雑誌を見始める。
一ページ目。上半分を占める特集の見出しロゴと、アンケート結果の大枠。
二ページ目。人気スポットランキングとコメント。
三ページ目。いろんなデートスポットへのコメントが小さく区切っていっぱい掲載されているページ。
「あ」
うわ、こまっかいなぁと、大野さんがつぶやいた瞬間。
――香坂だ。
その見開きだけで、何十枚とある写真の中で、どうして最初に目に入ったのか。
吸い寄せられるように、まっすぐに。
「どうした?」
声を上げちゃったので、主任が顔を上げた。
「これ」
――平常心、平常心。
心の中でそう言い聞かせながら、写真を指さす。
「おお、香坂君! 朝ちゃんよく見つけたねぇ。さっすが同期」
大野さんのコメントに、内心「人の気も知らないで」と思っちゃったけど、それは筋違いだよね。
背景に、洋館。よく晴れた日だったのだろう。明るい日だまりの中でにっこりと笑っているふたり。
ゆるやかに波打つロングヘア。
不意に思い出したのは、四年前。入社して半年位の時期の出来事。
忙しくなり出していて、手入れが面倒になって。ずっと伸ばしていた髪を切ろうか迷っていた時。
香坂の「いいじゃんロングヘア」という一言で、切るのを止めた、あの時のこと。
同期で飲んだ帰りの電車だった。同じ方向に帰るふたりで乗った電車の中。まだそんなにうち解けてなくて、会話がとぎれるのがつらかったのを覚えてる。沈黙がいやで、どんどん話した。
あの一言に、どきっとして。そしてそれから、香坂を意識するようになったというのに。
きっと、あの時香坂が思い浮かべていたのは、大阪に残してきた彼女のことだったんだろう。
あの一言があったから、私の髪は長いままだったのに。
「なんだ、こんな小さい写真かよ。あいつ大騒ぎしすぎだって」
「まあまあ、自慢の彼女なんでしょ。確かにかわいいヒトじゃない」
「俺、香坂さんの顔って初めて見ました」
話し続ける主任たちの声は、なんとなく遠く聞こえた。
やっぱり、まだ好きなんだと思った。
結局言えないまま終わった、恋。
この想いは、私の心の中だけにしまっておくだろう。
今はまだ、こんなにも好きだと思うけれど。
それでもいつかはまた、新しい恋をする時がくるだろうか。
もしも、次に恋をするなら。
たとえどんなに、苦しくても、つらくても。それがどんなに障害の多いものだとしても。
それでも良いから。
好きなひとと、向き合って、ふたりで作る恋がしたいと思った。
初出:会員制サークルエレメント会報18号(2006年6月発行)
悩んで、悩んで、体調もあまり良くなくて。
それでも書かねばとひねり出した作品。
でも、それがまた、新しい扉を開こうとしています。
キリリク作品から生まれたキャラたちが「恋歌」を経て、「LIFE -LOVE is BEAUTIFUL-」という新しい場所で動き出す、予定。
のんびりまったりでも。
それでも、いつか。
それが、「LIFE -LOVE is BEAUTIFUL-」のキーワードです。がんばります。