「自分って、なんだろうね」
そんな言葉を、あのころ交わした。
4.
メンフィス侯爵領――つまりアストリアの生家の所領――は、カナルの街から早馬でもほぼ1日かかるあたりに広がる。カナルと王都や西方を繋ぐ本街道から外れているが、鉱山が複数あり、安定した地域だ。
大祭の奉納舞を、神殿での最後のつとめとして。アストリアが神殿を辞したのは、今から十日ほど前のこと。
馬車のゆったりとした行程で、早朝からほぼ一日かけてメンフィス侯爵の本宅に戻って来たのだが。どうにも、アストリアはこの場所に馴染めないでいる。
侯爵の長子と言っても、アストリアがこの館で育ったのは三歳になるまで。三歳になるのと同時にカナルの大神殿に候補生として入って以来、ほとんど侯爵領には戻っていない。祖父、先代のメンフィス候が死去した際、葬儀の為に戻った位である。
現在、父である当代メンフィス侯爵は、政治の中心地である王都にいるが、館には母とまだ幼い次代侯爵、アストリアの弟が住まっている。
アストリアが館へ戻って以来、侯爵夫人は美しく成長したアストリアのために、新しい衣装や、装飾品を誂えさせたりして過ごしている。ずっと手元にいなかった一人娘が戻ってきたのだから、当然の反応だろう。
弟も、年が離れてはいるものの、ただ一人の姉が戻ったとあって、喜んでいるようだ。
けれど当のアストリアは。神殿で育ち、自分のことは何でも自分でやるという習慣が身に付いていることもあって。館で使用人にかしずかれる生活は、かえって息苦しさを覚えるのだった。
今日も。アストリアは自室で本を広げていた。礼儀作法の様な、貴族家の令嬢として習熟しておくべき事柄はすでに身につけているし、館で特別することもない。神殿では自分で行っていた事も、侍女がすべて片づけてしまう。手持ちぶさたな日々に。侯爵家の豊富な書庫から、興味のある図書を探しては読むのが、すっかり日課となってしまったのだ。
不意に、のどの渇きを覚えたアストリアは、読みかけの本をテーブルに置くと、香茶を淹れ始めた。茶器は常に使える状態で支度してあり、侍女を呼ぶほどの事ではない。
呼ぶほどの事ではない、のだが。
「まあ、アストリア様!」
扉が開けられるなり、自分に向かってかけられた言葉に、アストリアは首をすくめた。
「そんな事は私たちがやりますから」
侍女は即座に茶器を奪うと、
「さあさあ、姫様はそちらへかけてお待ちください」
追い立てるように、アストリアを椅子へ座らせたのだった。
侍女が、鮮やかな手つきで注いだ香茶は、香りも味も申し分のないものだったが、神殿やの自室や、カナルの茶房で飲んだものより、味気ないと感じられた。
もう1段階進めたシーンまで書こうか迷って迷って……。でも区切りが良いのでここまでで。
次回こそ主人公B登場なるか!?